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by nabenan カテゴリ
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今回は01年・05年の山行の報告です。 03年夏、ヨーロッパを熱波が襲いました。それ以降、ヨーロッパアルプスの氷河の状態が大きく変化したようです。05年の氷河の状態がどんなものであったかにも触れたいと思います。 1)アラリンホルン(4027.4m) *一般ルート(2005年) 7月31日、高度順応を兼ねてアラリンホルンに登りました。村田氏と大学で陸上部に所属している村田氏のお嬢さんが一緒です。 98年に登ったときはアラリンの山腹を巻くようにつけられていたルートは、年を追うごとにフェー氷河の中を通るようになりました。今年はさらに右に巻いていて、歩く距離が長くなりました。ただでさえ易しいのに、傾斜が緩くなった分、ますます右足と左足を交互に出し続ければ頂上に着いてしまう山になってしまいました。ただし、頂上直下の雪が溶けてしまって、最後の数十メートルはアイゼンでガレの上を歩かねばなりません。それだけの話なのですが、多くの登山者(たぶん素人さん)の動きが鈍くていつも混雑しています。 クレバスは雪に覆われていて見えないだけです。03年の夏には、表面の雪が溶けてしまい、いたる所にクレバスが顔を出しました。ルート上の休憩地であるフェーヨッホも実はクレバスだらけで、決して安全なところではないようです。休憩時にはザイルをはずさず、離れて休憩することをお勧めします。 記録 アラリンホルン ミッテルアラリンから一般ルート (05年 7月31日 村田実、村田綾子、渡辺) 時間:ミッテルアラリン9:25→フェーヨッホ11:10→11:57アラリンホルン頂上→13:45ミッテルアラリン *ホーラオプ稜(2001年) アラリンホルンの北東稜はホーラオプ稜と呼ばれています。01年にメトロの中間駅「ホーラオプ」から日帰りで登りました。中間駅を降りて雪のトンネルから外に出るとホーラオプ氷河の「わーお!」の世界が広がっていました。大きなクレバスもなく3500mのザッテルまで簡単に登りつき、穏やかな雪稜をたどり、核心の頂上直下の岩場を登り切ると、混雑している頂上に着きました。 ![]() 頂上近くの稜線を登るパーティー 日帰りでホーラオプ稜を登るときの核心はメトロの中間駅で降ろしてもらうことです。ガイドをつれていない我々にメトロ駅員は「氷河通過の訓練を受けているのか?」と聞いていたのだろうと思われるのですが、「毎年、来てるんやから降ろしててえな、この顔に見覚えおまへんか?」とニコニコ笑って通してもらいました。 05年の夏にはザッテル直下に大きなベルクシュルントができていました。シュルントを左から巻くルートが付けられていましたが、明らかに難しくなっています。 記録 アラリンホルン ホーラオプ稜 (01年 8月1日 鈴木 西田 渡辺) 時間:ホーラオプ駅8:10→アラリンホルン頂上11:05/11:30→ミッテルアラリン駅13:00 2)ヴァイスミース(4023m) *ホー・ザースから往復(2005年) 8月1日、アラリンホルンに引き続いて日帰りでヴァイスミースに登りました。氷河の取り付き(3100m)は2003年までと様子が大きく変わっていました。ホー・ザース駅から続く林道の終点が取り付きで、今まではそこから白い氷河が始まっていました。ところが、今年は荒れたガレが露出しています。足下の不安定なガレを100mほど登ってからアイゼンを付けました。周りはクレバスだらけです。 ![]() クレバス帯の中で村田さん クレバスを避けて右へ左へと進路を変更する不安なトレースをたどり、今にも崩れそうなセラックに近づいて行きました。セラック帯に入ると、踏み抜いた跡が残るスノーブリッジ。不運な登山者がいつ崩落事故に遭うかわからないロシアンルーレットのようなルートになっていました。頂上直下も傾斜が強くなり、硬い氷が出ていました。 記録 バイスミース ホーサースから一般ルートを往復 (05年8月31日 村田、渡辺) 時間 ホー・ザース9:00→10:30 3600m台地→11:15 3800m台地→ヴァイスミース頂上12:00→13:30氷河取り付き→14:20ホー・ザース *アルマゲラーヒュッテからホー・ザース(2001年) 前日の昼前にザース・フェーを出発、ザース・アルマゲルからアルマゲラーヒュッテに入りました。絵に描いたような、ヨーロッパアルプスらしい美しい小屋でした。ここから眺めるアラリンホルンはとても迫力がありました。 翌日、暗い中をツービッシベルゲンパスへ。夜が明けて、ヴァイスミースの反対側にポルティエン・グラートの迫力あるナイフリッジを眺めることができました。パスでザイルを付け、急な雪の斜面を登りきったところで、左手の岩稜にでました。易しそうだったのでノーザイルで行動しました。Ⅰ級程度の快適な岩登りで、おまけにルート上には浮き石が全くと言っていいほどありません。しかし、ルートを1mはずれるだけで岩は不安定になります。岩稜が終わると高度感のある快適な雪稜になり、頂上に着きました。ホー・ザースへの下りに、セラック帯で雪のトンネルをくぐりました。クレバスも大きく開いていた。しかし、難しさを感じることはありませんでした。 記録 アルマゲラーヒュッテからヴァイスミース、ホー・ザースへ下山 (01年8月12日~13日 鈴木、渡辺) 時間 12日 ザース・フェー10:00→ザースアルマゲル11:00→アルマゲラーアルプ12:00/12:25→アルマゲラーヒュッテ14:00 13日 アルマゲラーヒュッテ4:40→氷河6:20→岩稜7:20→雪稜8:20→ヴァイスミース頂上8:40→氷河末端10:10→ホー・ザース10:30 3)不遇な3000m峰 *エッギナー(3366.6)(2005年) サース・フェーの村からは少なくとも8つの四千m峰を一度に見ることができます。あこがれの四千m峰です。ユーラシア大陸の東端にくっついている島国からはるばる山登りにやってきて、三千m峰を登るなんておバカなのかもしれません。相棒の村田氏は「おもしろいルートやったら少しぐらい低くてもエエヨ」と言ってくれます。そこで、前から気になっていたエッギナー南西稜を目指すことになりました。エッギナーはザース・フェーからよく目立つ岩山です。ゴンドラでフェルスキンまで上がる途中、その奇怪な姿を見ることができます。取り付きのエッギナーヨッホまで氷河を削った林道をたどって行きます。冬ならばリフトで上がればすぐなのですが、夏は不便なものです。ガチャ一式を付けて登り始めたのですが、ルートが不明瞭です。だいたいルート図を持ってきていない。今まででしたら前日までにドイツ語のガイドブックを翻訳して、しっかり下調べをしてから取り付いているのに、だんだんナメた山登りになっています。100mも登ると垂壁に阻まれてしまいました。あっちウロウロこっちウロウロしているうちに、敗退が決定。せめて頂上まで行こうと一般ルートに転進することになりました。 クラインアラリンホルンからプラッティエンへのハイキング道のほぼ中間地点に、ハイデフリードホフという気持ちの良い台地があります。そこから踏み跡をたどりました。この取り付きは何年も前から調べておいたので間違いありません。高度を上げるとガイドブックに書いてあったとおり、山腹の岩壁帯が近づいてきます。岩壁帯のルートは迷路のように複雑で、ケルンを積みながら登りました。岩壁帯を登り切るとガレが広がっていました。ケルンと踏み跡を探しながら稜線直下の岩壁帯へ登っていきます。ルンゼ状の岩場を登ると、足場の悪い泥状の斜面になりました。「村田さん悪いで。登れるけど下るの悪いですわ。ルートわかれへん。」「帰ろか。」またしても敗退。下りでもケルンを見逃し、山腹の岩稜帯を下るルートを探すのに大騒ぎしました。 南西稜は突っ込んでたらきっと登れたでしょう。しかし、下降路を無事通過できたかどうか?敗退しておいて良かったと思っています。 *シュテーリホルン(3436m)(2001年) ミッテルアラリンから東を見ると氷河を抱いた三角形のピークがあります。しぶる仲間を説き伏せて足馴らしで登ることにしました。バスでマットマルクダムへ向かい、ダムの右岸を歩いてガイドブックの記載どおり2332mポイントへ。ところが、踏み跡がない。ウロウロすること15分、もしかしてこの山に踏み跡はないのかな?仕方ないので斜面を北西方向へ登り始めました。2700mの草の台地を過ぎるとガレた斜面になりました。ガレのところどころに積んであるケルンをたよりにコルに登りつき、ザイルを付けました。残念ながら数日前に登ったパーティーのトレースが氷河についていて、完全に人気のない山登りにはならなかったのですが、スイスの山にはまだまだ人の入らない山があるのを知りました。山頂のケルンにはアルミの箱に納められたノートがありました。年間数パーティーの記録しかなく、当然、東洋人の名前はありませんでした。 ![]() シュテーリホルン全景 ![]() 草地を行く、西田・鈴木。奥はアラリンホルン。左の雪稜がホーラオプ稜 記録 シュテーリホルン往復(01年7月31日 西田、鈴木、渡辺) マットマルクダム8:40→2332mポイント9:40→2719mポイント10:20→11:30シュテーリパス12:00→13:05シュテーリホルン頂上13:20→13:50シュテーリパス14:00→2719mポイント14:40→2332mポイント15:20→マットマルクダム15:45 4)ルートが不明瞭な高峰 *フレッチホルン(3984.5m)(2005年) ザース・フェーの村から南を見ると、左から尖ったフレッチホルン、中央に台形のラッギンホルン、右端に丸いヴァイスミースがそそり立っています。フレッチホルンは4000mに少しだけ足りない山です。他の二つの山は日帰りで登ることのできる山とされていますが、フレッチホルンだけは1泊2日が標準のようです。 ![]() イェーギホルンから見たフレッチホルン 快適なアパート暮らしになれてしまった、ダメ山屋の僕たちは日帰りでフレッチホルンを登ることにしました。7時45分ザース・フェー発のバスで出発。クロイツボーデンから登り始めたのが8時15分。最終のゴンドラが4時45分ですから、8時間半が持ち時間です。本来、宿泊すべきヴァイスミースヒュッテ出発が9時。先行パーティーと比べてほぼ4時間遅れと予想しました。左岸モレーンの縁を登り切ると、下部氷河への下りになります。泥とガレに覆われて少しも氷河らしくありません。そのくせ、クレバスだけは発達しているので実に始末が悪い。気温が低く何もかも凍りついています。なんと、氷河上に先行パーティーがいてるではありませんか。「なんやあ、もう追いついたで。楽勝、楽勝」とこらが、先行パーティー目指して氷河を歩いていたら、クレバス帯に入ってしまいました。他人についていくことなく、氷河を渡って右岸を歩くべきだったのです。クレバス帯を通り抜けると、ガレの急斜面になりました。雪渓には足跡があるのですが、それもガレの中に消えています。歩きにくいガレを適当に登り、上部氷河の末端近くで本来の踏み跡に出ました。 氷河末端(3200m)ザイルとアイゼンを付け、急な雪の斜面を50分登ると上部の雪原に着きました。雪原から上は風が強く、トレースが雪で埋まっていて、おまけに雪崩の跡もある。エビのしっぽも発達し、まるで日本の冬山です。高度に苦しめられながらフレッチホルンの頂上に着いたのは、予定よりも30分遅い1時25分でした。風が強くて寒い、おまけにゴンドラの門限があるので、写真を撮ってすぐに下山を始めました。下部氷河までは何の苦労もなく下山できたのですが、気温が上がり、ぬかるみだした氷河上のルートがわからずウロウロしている間に時間が迫ってきました。右岸モレーンのてっぺんに着いたときには、あと50分しか残っていません。モレーンの縁の不安定な踏み跡を走り、途中から谷に駆け下り、イェーギホルンのハイキング道にようやく入って、あとは痛む足を引きずりながらゴンドラ駅まで走り、16時35分ゴンドラ駅到着。ああ疲れた。 ![]() 上部氷河末端で私。ここから下は急な雪壁となる ![]() 頂上にて。後ろはラッギンホルン ![]() 下部氷河。一面ガレに覆われているが一人前にクレバスがある。 記録 フレッチホルン (05年8月8日 村田・渡辺) クロイツボーデン8:15→ヴァイスミースヒュッテ9:00→上部氷河取り付き(3200m)11:00→朝食処12:00→13:25フレッチホルン頂上13:30→朝食処13:50→上部氷河取り付き14:30/14:50→ 右岸モレーン上部15:50→クロイツボーデン16:35 *ラッギンホルン(4010.1m)(2001年) ホ-・ザースまでゴンドラで登り、ラッギンホルン下部氷河めざして岩壁帯を左へトラバースします。よく冷えた朝で、沢の水が凍り何度かスリップしました。氷河にたどり着く前に、一部Ⅱ級と感じる岩場がありました。氷河を登り切るとラッギンホルン南陵に上がります。ここからは不明瞭な踏み跡をたどります。時々Ⅰ~Ⅱ程度の岩場が出てきましたが、ザイルを出すほどでもないし、出していたら時間切れで頂上まで着きそうにありません。ザッテル(3500m)の手前にⅡ級が続く快適な一枚岩がありました。ここから上はそれほど難しい登りもなく頂上に着きました。ザース谷から見るラッギンホルンは台形上の重量感あふれる山なのですが、台形の上を形成している稜線はナイフリッジで、縦走するのは少し手強そうです。 下りはホー・ザースへのトラバースを避けてクロイツボーデンまで下山しました。 記録 ラッギンホルン (01年8月15日 鈴木・渡辺) ホーサース8:20→氷河末端8:50→稜線の台地9:20→3500mコル10:30→11:30ラッギンホルン頂上11:50→13:20台地13:30→ヴァイスミースヒュッテ14:10→クロイツボーデン14:30 5)クレッターシュタイク *イェーギホルン(3206.3m)(2005年夏) 岩場にワイヤーや足場を設置したルートがあることは、現地で買った本やメーカーのカタログで知っていました。このルートをクレッターシュタイクと呼ぶということは、01年夏の観光案内を見て初めて知りました。イェーギホルンにルートが設置されたのです。その後、気にはなっていたのですが、登る機会がないままになっていました。 エッギナーの翌日はイタリア国境稜線へ岩登りに行くつもりでした。ところが朝起きてみると、今にも雨が降りそうな天気です。おまけにエッギナー敗退の影響で気分も乗りません。近場に活路を求めてイェーギホルンのクレッターシュタイクに出かけました。 ヴァイスミースヒュッテからイェーギホルンを見ると、天気が悪いにもかかわらず、ルートを登っているパーティーがいます。ルートはイェーギホルンの右手のピークを登りコル(3098m)に下降さらにイェーギホルン北東稜を登るように設定されています。 ほな、まあ行きまひょか、てなわけで、ヒュッテからほぼ水平にトラバースする道に入っていきました。岩壁の基部でハーネスをつけヘルメットをかぶります。どうせ大した事ないはず、ボ、ボ、僕らはアルパインクライマー。ナメた気分で村田氏はトレッキングシューズ、私はジョギングシューズです。ところが、いきなりⅡ~Ⅲ級の岩場が現れました。ジョギングシューズではスタンスに乗り切れない。あーあ、ワイヤーに頼ってしまう クライミングになってしまいました。直径10mmのワイヤーは頑丈な鉄くいでつながっています。セルフビレイの掛け替えが実に煩わしい。おまけにセルフのシュリンゲが短いと行動に支障が生じます。長すぎると、万一墜落したときに滑落距離が長くなるので怖い。あれこれ長さを試しながら登っていきます。おまけに、後続パーティがいるので、追いつかれては日本国民の恥です。 ![]() 私 ![]() 村田さん ルンゼ状が終わると快適なフェース、そしてハング帯にははしごがかかっています。ワンポイントⅤ級の高度感のあるトラバースが終わると、一度傾斜が緩くなりスラブ状になりました。ここまで登ると頂上が見え始めます。ピークの頂上直下のハング帯をはしごで通過し、頂上直下のテラスに出ました。ここまで標高差300mのルートを1時間半で登ったことになります。テラスでジョギングシューズからフィーレ(懐かしいでしょ?この名前!)に履き替え、コル目指して岩場を下ります。やっぱり、岩の岩登りはフラットソールやね。稜線上は岩場なのですが、少し南側に下るとやさしそうなガレ場です。お客さんを喜ばせるためでしょうか、ガレ場におろさずそのまま岩稜にワイヤーが張ってあります。コルはナイフリッジになっていて、北側をハンドトラバース、(もちろんワイヤーにぶら下がるのもアリ)。イェーギホルンの登りは易しい岩登りで15分ほどで頂上に着きました。 頂上からの下りは98年に歩いたときよりも道がよくなっていました。クレッターシュタイクが設置されて、多くの人が訪れるようになったからでしょう。 ![]() テラスにて。奥はイェーギホルン。一度コル下って登り直す。まだまだ気は抜けない。 記録 イェーギホルン(クレッターシュタイク)(05年8月6日 村田・渡辺) クロイツボーデン9:15→ヴァイスミースヒュッテ9:50→取り付き10:25→ピーク12:00→12:45イェーギホルン頂上13:00→クロイツボーデン14:25 *ミッタークホルン(3143m)(2005年夏) 村田家がザースを離れ、山の相棒がいなくなったので、僕たち夫婦は午前中スキーをして、昼からダラダラする生活を続けていました。再び悪天が訪れて山はますます白くなり、3000m以下まで雪が積もってしまいました。8月16日気温が高くなり、ゲレンデの雪が早めに軟らかくなってしまったので、午後からミッタークホルン北西稜のクレッターシュタイクへ行くことにしました。北西稜は98年に村田氏と登った思い出のルートです。頂上付近はまだかなり白かったので、アイゼンとピッケルは持っていくことにしました。 ゴンドラの第一セクション降り場のモレニアからクレッターシュタイクの表示に従ってガレ場を右手に登っていくと、手前の尾根にワイヤーが張ってありました。ここで身支度をし、新しく購入したクレッターシュタイク用のセルフビレイシステムを使用してみました。尾根の上に出ると美しい草地が広がっていて、ミシャベル連峰の眺めがすばらしい。 北西稜の下部はほとんどハイキングコースでワイヤーも張られていません。岩場が始まると、ワイヤーを掴むことのできない、Ⅱ級程度の岩登りになる場所がありました。スタンスに雪が付着しているので微妙なクライミングです。頂上直下のⅢ級2ピッチの岩場には雪が積もっていて、ワイヤーにたよって登るしかありませんでした。岩にアイゼンの跡が残っていたので、積雪期にも登る人もいるようです。 ![]() 稜線上の岩場 ![]() 最後の岩場。かつてはⅢ級2ピッチ。 かつて、ミッタークホルン下山路は不安定な踏み跡しかなかったのですが、このルートができたため、とても歩きやすくなっていました。45分ほどでプラティエンに下山。待ち合わせていた妻とレストランに入り、ビールで乾杯。今年の山登りが終わりました。 クレッターシュタイクは相棒がいなくても岩登りが楽しめます。友達が少ない僕にとってはありがたいシステムです。(もっとも、単独で登っている人はいませんでした。)イェーギホルンのルートは新たに開拓されたものですが、ミッタークホルンは昔からあったルートにワイヤーが張られたものです。僕は懐かしく思いながら登ったのですが、「ああ、こんな姿になってしまって・・・。」という思いも少しはあったのです。 記録 ミッタークホルン(クレッターシュタイク)(05年8月16日 渡辺) モレニア11:50→北西稜起点(スイス国旗が立っている)12:45→ミッタクホルン頂上14:15→プラティェン15:05 6)クレッターシュタイクについて 装備は最低ヘルメットとセルフビレイシステムが必要です。墜落距離が長くなって、シュリンゲやテープが切断するという事故が起きています。それを避けるためにはクレッターシュタイク専用のビレイシステムを使うと良いでしょう(現地で手に入ります)。メンバーの力量によっては10mのザイルを用意する必要があります。また、ワイヤーに頼らないと登れない人は手袋の着用が勧められています。 長時間、岩壁もしくは岩稜で行動するわけですから、体力・気力は岩屋同様のものが必要と思われます。技術的にはⅡ、Ⅲ級のルートを難なくリードする技術と経験があれば、大丈夫なのではないでしょうか。 セルフビレイの切断、落石などの事故以外に、墜落の巻き添えによる事故も起きているようです。少し注意すれば避けることのできる事故ですが、避け方がわからない方はこんなルートには近づかないことです。 # by nabenan | 2006-10-08 09:34
地下ケーブルの終点、ミッテルアラリン3545mの駅舎から東を望むとすばらしい稜線が見えます。標高差1000mのホーラオプ稜です。この稜線はザース・フェーのライブカメラでも見ることができますのでチェックしてみてください。 ブリタニアヒュッテ宿泊で1泊2日のルートなのですが、文明の利器メトロ・アルペン(要するに地下ケーブル)を使うと日帰りで登ることができます。 核心部は地下ケーブルの中間駅で下車することです。地元のガイドがいれば当然楽勝なのですが・・・。多数のスキーヤーがゲレンデへ向かう時間帯に、中間駅でケーブルを止めて下車するのはなかなかの根性がいります。だいたい一般登山者が中間駅で降りること事態可能な中どうか?毎年、東の果ての小さな島国からやってくる日本人の顔を彼らが覚えている。それで下車を許可してくれたようです。 ![]() 中間駅の階段をトコトコ下り自動扉を通るとその向こう側は雪で埋まっていました。トタンの隙間から身を乗り出すとそこにはワーオの世界が広がっていました。ホーラオプ氷河です。 ![]() クレバスにおびえながらホーラオプ氷河を渡る。写真左手の鞍部から稜線を右へ。右端が頂上。 ![]() 鞍部から見たホーラオプ氷河。岩稜左端にミッテルアラリンの駅舎が見える。 ![]() 昨日登ったシュテーリホルン ![]() ![]() 頂上へ向かってホーラオプ稜を行く。一部氷化していて安もんのアイゼンでは怖かった。 ![]() 頂上直下でラテンパーティーに追いついた。ザイルが不必要に長い。ちなみに追い越した後、なかなか頂上に現れてこなかった。 頂上まで3時間の楽しい山登りでした。頂上でノーマルルートを登ってきたオバダス隊長とすれ違い、下山しました。 ミッテルアラリンの乗車口で僕たちは入り口をふさがれてしまいました。どうも、中間駅で降りた変な日本人3人連れの検分をしているようです。要するに無事ちゃんと安全地帯におりてきたかどうかの確認をしてくれていたようです。 今回の写真は同行のN田氏の提供によるものです。一緒に登ってくれた事も含めて感謝します。もうひとりのパートナーS木氏にも感謝。おふたりとも立派な山岳会の会員なのに馬の骨とも知れない私の相手をしてくださいました。 # by nabenan | 2005-06-01 20:37
ナーデルホルン(4327m)日帰り 1998年7月30日 家族を村に残して、山小屋泊まり1泊2日の山行きはなるべく避けたい。「夜歩くのはエエトレーニングになるで。」というオバダス隊長のアドバイスもあって、日帰りでナーデルホルンを登ってみることにしました。標高差は2500m。アラリンホルンに続く2つめの4千m峰です。 朝3時に教会広場でMM氏と待ち合わせ。酒場はまだ開店していて、酔っぱらいのネエちゃんが僕らを見て笑う。暗闇の中ミシャベルヒュッテの取り付きがわからず、少しウロウロしました。満天の星空で、星が見えすぎて星座がよくわからないほどです。高度を上げていくと村の明かりが見え始めたのですがパノラマ橋の照明が無粋です。5時過ぎに東の空が明るくなってきました。先が長いのでゆっくり歩きます。ペースは1時間当たり標高差400m。ミシャベルヒュッテ(3329m)着6時45分。 ![]() 7時45分に3600m地点に到着。レンツシュピッツェ東北東稜との分岐です。登山靴を履き、ハーネス・ザイルをつける。MM氏は高度障害が少し出ているようです。10日も先に現地入りして、標高3000m以上の氷河上でレーシングキャンプに入っていた僕は元気いっぱいです。 氷河上にはたくさんの踏み跡がついています。これといって難しいこともなくウインドヨッホへ。着9時20分。 ![]() MMの調子はかなり悪そうですが、それでも彼はがんばります。なにしろ筋金入りのアルパインクライマーですから。 ![]() 稜線を約200m登ると岩稜が出てきました。岩場を避けて右から巻き氷にバイルを打ち込んで乗り越えました。頂上着11時5分。 ![]() ![]() 頂上からのマッターホルン。僕には興味のない山なのですが。サービスです。 MM氏高度ボケでバイルを落とす。カランカランやて。拾いに下りそのまま下山。ウインドヨッホ着12時20分。 ![]() レンツシュピツェの北東壁。まさか、登るはめになるとは思いませんでした。 ザクザクの雪に足を取られながら3600m地点へ。(13時10分着)後は運動靴に履き替え、疲れた足を引きずりながら標高1800mの村まで下山。家着17時。14時間の長い長いエクササイズが終わりました。 # by nabenan | 2005-05-23 09:16
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